2009.01.13 <<16:57 .
No.151 殿堂入りによって得られる利益とは
緑内障と薬による治療 子宮筋腫と体験談
野球殿堂に4氏 “小さな大打者”若松氏、“じゃじゃ馬”故青田氏ら
1月13日15時19分配信 産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090113-00000561-san-base
野球殿堂入りが決まった元ヤクルト監督の若松勉氏(撮影・荒木孝雄)(写真:産経新聞)
野球殿堂入りを決める野球体育博物館の競技者、特別表彰両委員会は13日、競技者表彰のプレーヤー部門で元ヤクルト監督の若松勉氏(61)、同エキスパート部門で元大洋(現横浜)監督の故青田昇氏(享年72)、特別表彰で元日本ハム球団オーナーの故大社義規氏(享年90)、野球の日本伝来を詳説した君島一郎氏(享年88)の殿堂入りを発表した。表彰式は7月24日のオールスター第1戦(札幌ドーム)で行われる。
【写真】倖田來未、「ネイルクイーン」殿堂入り
ヤクルト一筋で19年間プレーした若松氏は、巧みなバットコントロールで首位打者を2度獲得するなど、球界屈指の好打者として活躍。「小さな大打者」の名声を博した。1978年にはセ・リーグMVPに輝き、チーム初のリーグ優勝、日本一に大きく貢献した。ヤクルトを率いた2001年は、外野手出身の監督として初めて日本シリーズを制した。
「じゃじゃ馬」の愛称で親しまれた故青田氏は、戦前から戦後にかけ、巨人などで三拍子そろった長距離砲として活躍。本塁打王を5度獲得し、一時代を築いた。引退後は阪神、阪急、大洋のコーチを務め、卓越した指導力で「優勝請負人」と呼ばれた。
日本ハムを業界最大手の企業に育てた故大社氏は、73年に日拓を買収して野球界に参入。日本ハム球団の初代オーナーに就任した。チーム、選手に深い愛情を注ぎ、名物オーナーとして慕われた。
故君島氏は明治末期に一高野球部の二塁手としてプレーし、戦前に朝鮮銀行副総裁などを歴任。戦後は野球の渡来、発展を丹念に調べ、著書「日本野球創世記」を刊行。広く日本野球の歴史を提供した。
中日の落合博満監督(55)は、競技者表彰プレーヤー部門の当選必要数(有効投票数の75%=228票)に1票だけ足りず、今回の殿堂入りはなからなかった。
競技者表彰は野球報道を15年以上経験したメデイア関係者の投票、特別表彰はプロ、アマ球界の役員や学識経験者(14人)らの投票で選出される。